仙波氷川神社

川越市宮下町にある氷川神社は大きくて有名ですが仙波氷川神社は昔の村社で小さくてこじんまりとしています。以下、境内に最近設置された案内板から要点を引用します。
「仙波氷川神社 由緒
御祭神 須佐之男命すさのおのみこと 倉稲魂命うかのみたまのみこと 市杵島姫命いちきしまひめのみこと
当社の起源は古く、平安時代中期までさかのぼる。社伝によれば、後三条天皇の御代の延久えんきゅう元年(1069)、当地の武士仙波氏の創建とされ、代々にわたり、同氏の篤い崇敬すうけいを受けた。
仙波氏は、中世に盛んになった武蔵武士団の一つで、桓武平氏かんむへいしを祖とする村山氏から分かれ、この仙波の地を本拠ほんきょとしていた。
江戸幕府が開かれると、開府に深く関わりのあった仙波の地は、ほぼ全域が喜多院きたいん東照宮とうしょうぐうに寄進され、幕府直轄とされた。
明治に入っても、当社は仙波の鎮守ちんじゅと仰がれ、明治十九年(1866)には、字氷川脇の稲荷神社・八坂神社、及び扇河岸の厳島いつくしま神社が合祀<ごうし/rt>されて、今日に至っている。
御祭神須佐之男命すさのおのみことは、天照大御神あまてらすおおみかみの弟神、神性勇猛の大神で、罪穢つみけがれや災厄さいやくはらい清める「祓いの神」とし……倉稲魂命うかのみたまのみことは、合祀社稲荷神社の御祭神、稲をはじめ五穀豊穣ごこくほうじょを守護される神として……市杵島姫命いちきしまひめのみことは、合祀社厳島神社の御祭神。須佐之男命すさのおのみことの娘の神。航海安全・水運守護に霊験れいけんあり、導きの神。開運の神として尊崇そんすうされている。」
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